平均2000万円は幻?NISA貧乏の実態

平均2000万円は幻?NISA貧乏の実態

株高を背景に、日本の家計金融資産は膨らみ続けています。総務省が発表した2025年の家計調査(貯蓄・負債編)によると、二人以上世帯の平均貯蓄額は2059万円と、比較可能な2002年以降で過去最高を更新しました。ただ、この「平均2000万円」という数字は、大半の世帯の実感とは少し違うところにあります。この明るい数字の裏側では、「NISA貧乏」と呼ばれる現象も静かに広がっています。本来手をつけるべきではない生活費まで投資に回してしまい、資産は帳簿上増えているのに、手元の現金は心もとない――そんな状況です。

795万円

平均貯蓄2059万円 と 中央値1264万円 の差

この差こそが、今回の「資産最高更新」を理解するうえで重要な点です。貯蓄を保有する世帯の中央値は1264万円にとどまり、平均より800万円近く低くなっています。さらに、全体の66.1%(およそ3世帯に2世帯)が平均を下回っています。つまり「平均2000万円」という数字は、今回の株高で資産が雪だるま式に増えた一部の高資産世帯によって押し上げられた結果であり、社会のちょうど真ん中に位置する世帯の実態は1200万円台だということです。

続く「定期預金離れ」

この20年で、日本の家計が長年続けてきた「貯蓄重視・投資軽視」の姿勢は変わりつつあります。2005年から2025年にかけて、主な金融資産は三者三様の動きを見せています。定期性預貯金は減り続け、普通預貯金は着実に増え、有価証券は加速度的に伸びています。

定期性預貯金(万円)―― 02年以降で最低
511
通貨性預貯金(万円)―― 全体の34.5%を占める
710
有価証券(万円)―― 前年比16.7%増
440

出所:総務省「家計調査」(二人以上世帯、2025年)

長く続いた低金利により、定期預金の魅力は相対的に下がりました。多くの世帯が、いつでも引き出せる普通預金で流動性を確保しつつ、余力を新NISAを通じて有価証券市場に振り向けています。日経平均株価は2025年10月に初めて5万円を突破し、2026年6月25日には終値で7万2366円という過去最高値を記録しました。この相場も、投資への関心をさらに後押ししています。

なぜ「最後の一円」まで投資に回すのか

生活資金にまで手をつけて投資に回す背景には、必ずしも余裕を持った資産計画があるわけではありません。むしろ、外部環境に押されて生まれた一種の防衛的な行動だと言えます。

インフレへの不安

物価上昇が続く一方、年金などの社会保障はマクロ経済スライドの仕組みによって伸びが抑えられています。銀行に預けたままでは、実質的な購買力が目減りしていく状況です。

周囲に流される心理

株価が最高値を更新するたびにメディアが大きく報じ、新NISAの制度周知も相まって、金融知識が十分でない現役の勤労者世帯までもが急いで市場に参入しています。

見落とされがちな三つのリスク

「NISA貧乏」の本質は、資金の期間のミスマッチと、金融商品の仕組みに対する理解不足にあります。

リスクの側面具体的な内容
流動性の断絶インデックス積立などの長期投資は、通常10年以上の資金拘束を前提とする。生活費まで投じてしまうと、医療費や住宅修繕など突発的な出費が発生した際に資金繰りが行き詰まる
心理的な備えの弱さ新NISAを「高利回りの預金」のように誤解し、一方通行の値上がりしか見ていない投資家も少なくない。S&P500や全世界株式ファンドといった商品本来の値動きの性質を理解していないケースが目立つ
安値での売却リスク生活費に余裕がないと、相場が調整局面に入った際に現金の備えがなく、安値での解約を強いられやすい。含み損が現実の損失に変わってしまう

誰が伸ばし、誰が取り残されているか

今回の貯蓄増加を牽引しているのは、現役の勤労者世帯です。この層の平均貯蓄額は1717万円と全体平均を下回るものの、前年比8.7%増と大きく伸びました。内訳を見ると、通貨性預貯金641万円と有価証券370万円を合わせて全体のおよそ6割を占め、10年前の4割弱から大きく比率を高めています。第一生命経済研究所の谷口智明氏は、勤労者世帯が安定性重視の資産構成から脱し、新NISAなどを活用した資産形成を進めていると指摘しています。

一方、世帯主が65歳以上で無職の世帯の貯蓄額は平均2494万円で、前年比66万円(2.6%)の減少となりました。減少は6年ぶりのことです。有価証券は9万円増えたものの、定期性預貯金と通貨性預貯金の合計が116万円減り、増加分を相殺しました。物価上昇局面では年金の伸びがマクロ経済スライドによって抑えられるため、高齢世帯では貯蓄の取り崩しが広がった可能性があります。

全体で見ると、およそ3分の2の世帯の貯蓄額が全国平均を下回っています。銀行預金の金利は物価上昇率に追いつかず、実質的な価値は目減りしやすい状況です。資産に余裕があり、インフレに強い金融商品で備えられる世帯と、そうでない世帯との差は広がりやすくなっています。谷口氏は、長寿化とインフレが同時に進む中で資産の活用や取り崩しの重要性が増しており、高齢層の金融リテラシー向上が求められると訴えています。

合理的な資産配分を取り戻すために

家計金融資産が過去最高を更新したことは、新NISAなどの制度が民間の資産形成を後押ししている証でもあります。しかし、平均値と中央値の間にある795万円という差は、この「最高更新」が多くの世帯の実感からは離れていることを物語っています。「NISA貧乏」の広がりは、社会への警鐘でもあります。長寿化とインフレが同時に進むこの時代において、周囲に流されるままの投資や、不安に駆られた駆け込み投資では、本当の意味での資産防衛にはなりません。中央値付近、あるいはそれより手前にいる一般的な世帯にとっては、金融商品の仕組みを理解し、投資を始める前に生活費3〜6か月分の現金の備えを用意し、「資産の収益性」と「生活の流動性」のバランスを取ることこそが、この大投資時代にふさわしい姿勢だと言えるでしょう。

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