シリーズ投稿:9年ぶりのゲーム機購入で昔を思い出す
前回、前々回とハード面、コンテンツ面の生態系について書いてきましたが、今回は少し視点を変えて、当時の自分を語るのではなく、この二十数年で実際に何が変わったのかを見てみたいと思います。
言語は、かつて最大の壁だった
振り返ってみると、有志の翻訳チームが存在した理由は、突き詰めればとても単純なことでした。当時のゲームには、言語設定の中に中国語という選択肢がそもそも存在しなかったのです。日本版は日本語、アメリカ版は英語、ヨーロッパ版はいくつものヨーロッパ言語が入っていても、中国語だけは決して選べませんでした。ストーリーを理解しようと思えば、原語のまま読むか、掲示板のどこかにいる有志が一文一文訳してくれるのを待つしかありませんでした。
今はまったく違う状況です。本体自体に中国語のインターフェースがあり、多くのファーストパーティ・サードパーティの大作は発売時から中国語の言語選択肢を用意しています。比較的マイナーな作品であっても、中国語版が出る確率は当時よりかなり高くなりました。これは「正規ルートが増えた」ということ以上に重要な変化だと思います。言語の壁が取り払われたこと自体が、翻訳チームのような存在が徐々に必要とされなくなった根本的な理由だからです。
草の根のパッチから、公式の実況席へ
ここまで書いていて、ふと思い出した出来事があります。若い頃、私は「完全実況」というサイトのサッカーゲームシリーズのパッチ制作にも関わっており、中国語実況台本の部分も担当していました。当時、実況の台本を書いてくれていた王涛さんは、その後、二大サッカーゲームシリーズの公式中国語実況担当者になりました。
今振り返ってみると、この出来事は当時の草の根の貢献者たちの実力と情熱の高さをよく物語っています。単なる趣味の延長ではなく、公式が目をつけて正式な実況を依頼するほどの水準に達していた、ということです。掲示板の片隅で無名のまま実況台本を書いていた人が、公式の収録スタジオに座るまでになった――このプロセス自体が、この二十数年の間に民間と公式の関係がどう変わってきたかを象徴していると思います。
スマートフォンがもたらした、もう一つの革命
言語の壁以外に、もう一つ本当に「革命的」と言える変化があります。それはスマートフォンの性能が爆発的に向上したこと、そしてそれに伴ってゲームを購入すること自体が、かつてないほど簡単で安価になったことです。当時、マジコン一式とTFカードを揃えるには千元近くかかり、わざわざ店まで足を運んで選ぶ必要がありました。今はスマートフォンや本体のストアを開いて、数回タップするだけでゲームが買えます。お小遣いに占める割合で見ても、当時に比べればずいぶん低くなりました。これはかなり革命的なことだと思う一方で、これから子育てを考える立場としては、この「手に入りやすさ」が必ずしも良いことばかりとは限らないとも感じています。
買ったSwitch2は、結局妻が遊んでいる
正直な話をすると、Switch2を買ってから、私自身はまだ一分もプレイしていません。代わりに妻が毎日『あつまれ どうぶつの森』を遊んでいます。eShopを開いて値段を見てみると、正直そこまで安いとは感じませんでした。二十数年前に感じていた「ゲームは高い」という感覚は、ある意味で今も少し残っているのかもしれません。
ただ、おそらく私もそのうち一緒に遊ぶようになると思います。それは当時の自分への何かのけじめというよりも、もっと現実的な理由からです。妻と一緒にゲームをすることは、二人でそれぞれスマホの画面を眺めているよりも、よほど健全なはずだからです。この機械を買ったことで得られた、ちょっと意外な収穫の一つかもしれません。




